- 1.はじめに 〜覚書だけで契約が成立するの?〜
- 2.裁判で争われたケースとは?
- 3.裁判所の判断とその理由
- 4.なぜ損害賠償が発生したのか?
- 5.不動産オーナーが学ぶべき教訓
- 【まとめ】覚書でも契約成立とみなされる!? 不動産オーナーが知っておくべきリスクとは
1.はじめに 〜覚書だけで契約が成立するの?〜
「まだ正式な契約はしていないから大丈夫」と思っていませんか?
実は、契約の“前段階”ともいえる「覚書」だけで、法律上の責任が生まれることがあるのです。
不動産取引では、話がまとまりそうになると「とりあえず覚書を交わしましょう」と提案されることも珍しくありません。
しかし、その覚書の内容や取り交わし方によっては、契約を断っただけで損害賠償請求を受けるケースもあるのです。
今回ご紹介するのは、東京都内で土地の賃貸契約が進められていた事例です。
最終的に契約は結ばれなかったにもかかわらず、土地のオーナー側が127万円もの設計費用を負担するよう命じられたのです。
覚書は法的にどう扱われるのか?
契約を断る自由はないのか?
この記事では、実際の裁判事例をもとに、不動産オーナーが知っておくべき契約締結義務の落とし穴について解説していきます。
2.裁判で争われたケースとは?
この裁判は、東京地方裁判所が令和4年1月28日に出した判決がもとになっています。
ある宅建業者(原告)が、都内の駐車場として使われていた土地を見かけ、オーナーの法人(被告)に対し、商業施設建設を前提とした賃貸借契約の話を持ちかけました。
最初は「売却の意思はないが、高い賃料なら貸すことも検討する」といった姿勢だったオーナー側。しかしその後、両者の間で「覚書」が交わされました。
この覚書には、具体的な地代や契約期間(30年)などが明記されており、公正証書によって正式契約を締結することが約束されていました。
原告側はそれをもとに、設計会社に依頼を出して建物計画を進めていきました。
ところが、ある日突然オーナー側から「やっぱり契約はやめる」と一方的な通告があり、原告はすでに支払った費用の回収を求めて訴訟に踏み切ることとなったのです。
3.裁判所の判断とその理由
裁判所はまず、「覚書は正式な契約書ではないが、将来の契約を前提にした具体的な合意内容が含まれていた」と評価しました。
つまり、覚書がそのまま公正証書にできるような状態だったことから、オーナーには契約を結ぶ義務があると判断したのです。
たとえ正式な契約が公正証書として締結されていなくても、オーナーが一方的に契約を拒んだことは「信義則違反」であり、債務不履行に当たるとされました。
特に注目すべきは、原告が支払った127万円あまりの設計料についてです。
原告は覚書に基づいて建築計画を進めており、設計料などの支出は当然必要だったと裁判所は認めました。
そのため、この費用は「損害」として認定され、オーナー側に賠償が命じられたのです。
一方で、将来的に得られるはずだった利益(逸失利益)については「不確定」として請求が認められませんでした。
4.なぜ損害賠償が発生したのか?
このケースで損害賠償が発生した最大の理由は、「契約前でも、ある程度の段階まで話が進んでいたこと」です。
裁判所は、オーナー側が覚書を交わしたこと自体に重大な意味があると見ました。
覚書の内容が具体的で、設計作業やテナントからの出店申込があるなど、プロジェクトが動き出していたため、原告には「契約が成立する」という正当な期待があったのです。
このような状況で一方的に契約を拒否すれば、当然ながら相手に損害が発生します。
それをカバーするために、設計費用だけでも賠償するべきだと判断されたわけです。
なお、「逸失利益」が認められなかったのは、テナントとの契約が確定ではなく、実際にどれだけ利益が出たかが不明だったからです。
損害といっても、あくまで“確実に発生した損害”だけが対象になるというわけですね。
5.不動産オーナーが学ぶべき教訓
この裁判から、不動産オーナーが学ぶべき最大の教訓は「覚書を軽く見るな」ということです。
「まだ契約じゃないから大丈夫」と思っていても、相手が覚書を信じて準備を進めていた場合、法的責任を問われることがあります。
特に、書面の内容が具体的だったり、社印や署名が押されていたりすると、法的効力が強く認められる可能性が高まります。
また、会社組織としての手続きにも注意が必要です。
今回の裁判では、「担当者が勝手にやった」などという言い訳は通用しませんでした。
上司の了承があったり、代表者が署名・押印していた場合には、法人としての責任が問われるのは当然のことです。
契約に至らない段階であっても、言動や書面の扱い方次第で損害賠償義務が発生することを、すべてのオーナーが知っておくべきでしょう。
【まとめ】覚書でも契約成立とみなされる!? 不動産オーナーが知っておくべきリスクとは
本記事では、「覚書」によって不動産の賃貸借契約が成立したとみなされ、損害賠償が命じられた裁判例をもとに、契約前の注意点を詳しく解説しました。
ポイントは以下の4点です。
①覚書は軽視できない
一見すると契約前の文書にすぎない覚書でも、内容が具体的であれば法的拘束力を持つ可能性があります。
②契約前でも損害賠償が発生する
相手が覚書を信じて準備を進めていた場合、費用が発生した分について責任を問われることがあります。
③企業としての対応も問われる
担当者任せにせず、組織として慎重に判断・対応する必要があります。署名や社印があると責任は重く見られます。
④「逸失利益」は簡単に認められない
将来的な利益は不確定なため、裁判で認められるのは“確実に発生した損害”のみです。
このように、契約に至る前のやり取りであっても、法的なトラブルにつながるリスクがあります。
不動産オーナーや企業担当者は、書面のやり取りや言動に細心の注意を払いましょう。
少しの油断が大きな損害へと発展することもあるため、覚書の扱いには特に慎重になることが大切です。
参考【契約締結義務違反】
土地賃貸借に係る覚書締結後に契約締結を拒絶した土地所有者に対する賃借予定者による支払済み設計料等の請求が認容された事例(東京地判 令4・1・28)